朝の空気には、まだ冬の冷たさが残っていた。 指先に触れる温度が、季節の境目を静かに示している。 その冷たさは、ただの寒さではなく、 長く続いた季節の名残のように、どこか懐かしい気配を含んでいた。
昼になると、光の質が少しだけ変わった。 風の中に、春の匂いが薄く混ざりはじめている。 ほんのわずかな湿度や、遠くで揺れる草の音。 そのどれもが、季節が動き出したことを 誰よりも早く知らせてくれているようだった。
その変化は大きくはない。 けれど、呼吸の奥で、何かがふっと緩むような気配がある。 冬の張りつめた空気がほどけ、 春の柔らかさがまだ輪郭のないまま近づいてくる。 その曖昧さが、むしろ心地よかった。
影の形も、ほんの少しだけ柔らかい。 光が地面に触れる角度が変わるだけで、 世界の輪郭がゆっくりほどけていく。 同じ場所に立っているのに、 見える景色が少しずつ変わっていくのがわかる。
季節の境目には、 はっきりとした線はない。 冬と春が重なり合い、 どちらでもあり、どちらでもない時間が流れている。 その曖昧な時間の中で、 心の奥にあるざわめきが静かに沈んでいく。
言葉にするほどの出来事ではない。 けれど、こうした小さな変化が、 日々の中にそっと息づいている。 季節が静かに動きはじめたことだけが、 確かにそこにあった。

