朝の空気には、まだ冬の冷たさが残っていた。 指先に触れる温度が、季節の境目を静かに示している。 その冷たさは、ただの寒さではなく、 長く続いた季節の名残がそっと触れてくるような、 どこか懐かしい気配を含んでいた。
窓の外では、光がゆっくりと地面に触れはじめていた。 冬の光は硬く澄んでいるのに、 その奥に、ほんのわずかな緩みが混ざっている。 季節が動き出す前の、 静かな息づかいのようだった。
昼が近づくと、光の質が少し変わった。 風の中に、春の匂いが薄く混ざりはじめている。 湿度がほんの少しだけ柔らかく、 遠くで揺れる草の音が、 冬にはなかった響きを帯びていた。 そのどれもが、季節が動き出したことを 誰よりも早く知らせてくれているようだった。
その変化は大きくはない。 けれど、呼吸の奥で、 何かがふっと緩むような気配があった。 冬の張りつめた空気がほどけ、 春の柔らかさがまだ輪郭のないまま近づいてくる。 その曖昧さが、むしろ心地よかった。 はっきりしないものに触れるとき、 心の奥にあるざわめきが静かに沈んでいくことがある。
影の形も、ほんの少しだけ柔らかい。 光が地面に触れる角度が変わるだけで、 世界の輪郭がゆっくりほどけていく。 同じ場所に立っているのに、 見える景色が少しずつ変わっていくのがわかる。 その変化に気づいた瞬間、 胸の奥に小さな温度が灯る。
季節の境目には、 はっきりとした線はない。 冬と春が重なり合い、 どちらでもあり、どちらでもない時間が流れている。 その曖昧な時間の中で、 心の奥にある緊張がゆっくりとほどけていく。
言葉にするほどの出来事ではない。 けれど、こうした小さな変化が、 日々の中にそっと息づいている。 季節が静かに動きはじめたことだけが、 確かにそこにあった。
